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千葉地方裁判所松戸支部 昭和57年(ワ)121号 判決 1989年9月29日

主文

一  原告高橋宏和、同加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦及び同横山睦廣の被告大野敏章に対する妨害予防請求にかかる訴え並びに原告加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦及び同横山睦廣の同被告に対する妨害排除請求にかかる訴えは、いずれもこれを却下する。

二  被告大野敏章は、原告高橋宏和に対し、金一〇七一万四一一九円及びこれに対する昭和五六年一〇月二二日から、同鈴木安蔵に対し、金五〇万九八五〇円及びこれに対する同日から、同鈴木実に対し、金四万五〇〇〇円及びこれに対する同日から、同冨田勝美に対し、金三三八三万四四八六円及びこれに対する昭和五七年三月一七日から、同冨田千恵子及び同冨田博幸に対し、各金一七九五万一二六九円及び各金員に対する同日から、同加藤惟男に対し、金八八五万二五三七円及びこれに対する同日から、同小林省三に対し、金八八九万六三三三円及びこれに対する同日から、同山本靖彦に対し、金四〇九万七八九九円及びこれに対する同日から、同横山早苗に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和五七年四月一九日から、同横山睦廣に対し、金七八一万八九四六円及びこれに対する同日から、同横山チキに対し、金六二万七〇〇〇円及びこれに対する同日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告高橋宏和、同鈴木安蔵、同冨田勝美、同冨田千恵子、同冨田博幸、同加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦、同横山早苗、同横山睦廣及び同横山チキの被告大野敏章に対するその余の請求並びに甲・乙事件原告らの被告千葉県に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告鈴木実に生じた費用の全部とその余の原告らに生じた費用の三分の二及び被告大野敏幸に生じた費用を同被告の負担とし、原告鈴木実を除くその余の原告らに生じたその余の費用を同原告らの各自負担とし、被告千葉県に生じた費用を甲・乙事件原告らの連帯負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(甲事件)

1 被告らは、各自、原告高橋宏和に対し一八四五万〇六六八円、同鈴木安蔵に対し一四八万九八五〇円、同鈴木実に対し四万五〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五六年一〇月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告らは、各自、原告高橋宏和に対し、昭和六〇年七月一日から本判決確定の日まで一か月当たり三万一〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 被告大野敏章は、原告高橋宏和に対し、別紙図面(一)記載のア、イ、ウ、エ、オ、カ及びキの各点を順次結んだ線上に別紙図面(二)記載の擁壁を設置せよ。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

5 第1、2項につき仮執行宣言

(乙事件)

1 被告らは、各自、原告冨田勝美に対し三九五八万九八七七円、同冨田千恵子に対し二〇〇八万一二一五円、同冨田博幸に対し二〇〇八万一二一五円、同加藤惟男に対し一三七一万一二一七円、同小林省三に対し一四六八万六〇四八円、同山本靖彦に対し一四四六万五五五二円及び右各金員に対する昭和五七年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告らは、各自、原告冨田勝美に対し、昭和六二年四月一日から本判決確定の日まで一か月当たり二万八〇〇〇円の割合による金員を、同加藤惟男に対し、昭和五七年三月二一日から本判決確定の日まで一か月当たり五万円の割合による金員を、同小林省三に対し、昭和五七年二月二八日から本判決確定の日まで一か月当たり三万三〇〇〇円の割合による金員を、同山本靖彦に対し、昭和五七年一月一日から本判決確定の日まで一か月当たり五万七〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 被告大野敏章は、原告加藤惟男、同小林省三及び同山本靖彦に対し、別紙図面(一)のア、イ、ウ、エ、オ、カ及びキの各点を順次結んだ線に接し、別紙図面(二)記載の擁壁を設置し、かつ、別紙所有者等一覧表記載3ないし5の各土地内にある土砂及び岩石を撤去せよ。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

5 仮執行宣言

(丙事件)

1 被告大野敏章は、原告横山早苗に対し一〇〇万円、同横山睦廣に対し一三三三万〇一四五円、同横山チキに対し二〇四万三五〇〇円及び右各金員に対する昭和五七年四月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告大野敏章は、原告横山睦廣に対し、昭和六三年七月から同六四年(平成元年)二月まで各月末日限り三万四〇〇〇円、同年三月から同六五年(平成二年)二月まで各月末日限り三万六〇〇〇円、同年三月から同六六年(平成三年)二月まで各月末日限り三万八〇〇〇円、同年三月から本判決確定の日まで各月末日限り金四万円の金員を支払え。

3 被告大野敏章は、原告横山睦廣に対し、別紙図面(一)のア、イ、ウ、エ、オ、カ及びキの各点を順次結んだ線上に別紙図面(二)記載の擁壁を設置し、かつ、別紙所有者等一覧表記載6の土地上の土砂及び岩石を撤去せよ。

4 訴訟費用は被告大野敏章の負担とする。

5 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言(被告千葉県)

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 原告高橋宏和、同加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦、同横山睦廣及び冨田利雄は、別紙所有者等一覧表記載の各該当所有地欄記載の土地(以下「原告高橋所有地、冨田所有地」のようにいう。)を所有し、同土地上に同一覧表各該当所有建物欄記載の建物(以下「原告高橋所有建物、冨田所有建物」のようにいう。)を所有していたもの、被告大野敏章(以下「被告大野」という。)は、同一覧表該当所有地欄記載の各土地(以下「被告大野所有地」という。)を所有していたものである。

(二) 右各土地の位置関係は、別紙図面(一)記載のとおりであり、被告大野所有地側が高く、同図面のア、イ、ウ、エ、オ、カ及びキの各点を順次直線で結んだ線上には擁壁(以下「本件擁壁」という。)が設置されていた。

2  本件事故の発生

(一) 昭和五六年一〇月二二日午後一〇時三〇分ころ、折からの豪雨により、本件擁壁は、幅二・八ないし四・二メートル、長さ四七メートル、深さ平均二・五メートルにわたって崩壊し、被告大野所有地の土砂約四〇〇立方メートルが流出した。

(二) 右土砂の流出により、各原告ら所有建物及び冨田所有建物が損壊するとともに、冨田利雄が倒壊した建物の下敷きとなって死亡し、原告冨田勝美、同冨田千恵子及び同冨田博幸が負傷し、折から冨田所有建物の前面道路に駐車していた原告鈴木安蔵及び同鈴木実がそれぞれ所有する普通乗用自動車二台が破損する事故が発生した(以下「本件事故」という)。

3  本件擁壁の暇疵及び因果関係

(一) 本件擁壁は、地山崖を約一メートルの深さにわたって削り取り、崖下部分を掘り下げて基礎工事を行ったうえ、間知石ブロック一五段積み上げたもので、高さ約四・七メートル、長さ約四七メートル、厚さ約四三センチメートル、勾配約七〇度の規模を有しており、その背面には地山崖を削り取った残土約八〇〇立方メートルが埋め込まれ盛土されていた。

(二) 本件擁壁は、右のような構造を有するため、多量の降雨があった場合には、擁壁の背後地上への降雨水は浸透水になって本件擁壁に多大の水圧力をかけることになるから、排水設備の設置が不可欠であり、少なくとも、本件擁壁の裏面には、その全面にわたって厚さ三〇センチメートル、高さ四メートルの裏込め用の割栗石を入れて排水層を形成する必要があるとともに、本件擁壁の両端部をしっかり固定しておく必要があったものである。

(三) しかるに、本件擁壁には、三・三平方メートルに約一本の割合で水抜き用のパイプが設置されていたものの、擁壁裏面の浸透水を集積し、これを右パイプから排水するために必要な裏込め用の割栗石の投入が不十分で、パイプの周辺にのみ少量の割栗石が入られていただけであり、また、本件擁壁の西端部分が十分に固定されていなかったもので、本件擁壁には設置上の瑕疵が存在した。

(四) そのため、本件事故の当日に降った豪雨の際、排水能力の不足により、本件擁壁にかかる水圧が増加し、本件擁壁全体が背後地の土砂とともに倒壊して本件事故を発生させたものである。

4  被告らの責任原因

(一) 被告大野の責任

被告大野は、土地の工作物である本件擁壁の占有者であり、かつ、所有者であるから、本件擁壁の設置の瑕疵により発生した本件事故によって原告らが被った後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告千葉県の責任

(1) 被告千葉県は、工作物の建築確認申請を受理し、その確認をなすにあたっては、確認申請が建築基準法等の関係法令に定められている客観的な基準に適合しているか否かを調査したうえで、確認処分をなすべき義務があるにもかかわらず、本件擁壁の確認申請書には法令の定める擁壁に加わる負荷の計算書や土圧の計算書等の必要書類が添付されていないことを看過して、確認処分をした職務上の過失がある。

(2) 被告千葉県は、本件擁壁が設置されるに際し、被告大野及び本件擁壁の建築を請け負った斉藤工業株式会社(以下「斉藤工業」という。)から、工作物の確認申請を受理し、昭和五三年三月二〇日、右確認をしたのであるが、本件擁壁は確認申請がなされた当時には、すでに工事が完成しており、しかも、確認申請の内容と工事の実際とが異なる違法なものであった。被告千葉県は、法律上、このような違法な工作物については、これを是正させるべき義務があるにもかかわらず、被告大野から工事完了届が提出されないことを奇貨として、右違反事実を三年以上も放置していた職務上の過失がある。

5  損害

(一) 原告高橋宏和の損害

(1) 建物の滅失による損害

同原告所有建物は、本件事故によって全壊し、その再築には、七〇二万四八六一円の費用を要する。

(2) 見積書作成費用

同原告は、建物再築のための見積作成を依頼し、その費用として四万五〇〇〇円を支払った。

(3) 建物撤去費用

二次災害防止のため、倒壊し傾いた同原告所有建物を撤去し、一〇万円の費用を要した。

(4) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

本件事故により、同原告所有建物が倒壊したため、同建物内にあった家具、什器・備品、衣類、雑貨等が紛失あるいは破損し、使用不能となった。右の家具・什器・備品等の取得価値は、一一九九万七一二〇円にのぼるが、減価償却等の諸般の事情を考慮すると、約三分の一に相当する四〇〇万円が実損害に当たる。

(5) 家賃等

同原告は、本件事故によりその所有建物が全壊したため、他に住居を賃借せざるを得なくなり、ほぼ左記のとおり賃料、礼金、更新料を支払ったが、昭和六〇年六月分までとして支払った総額は、一二四万九〇〇〇円である。また、本判決が確定するまで右建物を賃借する必要があるから、その後の一か月当たり三万一〇〇〇円の右賃料相当額も同原告の損害である。

昭和五六年一〇月分から同五八年三月分まで

一か月二万五〇〇〇円

同五八年四月分から同六〇年三月分まで

一か月二万八〇〇〇円

同六〇年四月以降

一か月三万一〇〇〇円

同五八年三月二九日

更新料二万八〇〇〇円

同六〇年四月一六日

更新料三万一〇〇〇円

(6) 電話移設費

本件事故による建物倒壊により、建物内に設置していた電話を前記借家内に移設し、同原告は、その費用として七〇〇〇円を支出した。

(7) 休業損害

同原告は、本件事故の整理のため、勤務先を六日間にわたって休業せざるを得ず、その間の賃金相当額五万八一四〇円の損害を受けた。

(8) 慰謝料

本件事故による同原告の慰謝料としては、五〇〇万円が相当である。

(9) 弁護士費用

同原告は、本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、その報酬として一六〇万円を支払うことを約した。

(10) 一部弁済

同原告は、本件事故の和解金として、斉藤工業から、六三万三三三三円の弁済を受けた。

(二) 原告鈴木安蔵の損害

(1) 自動車修理費用

本件事故により、同原告所有の自動車が破損し、同原告は、その修理費用として三五万九八五〇円を支出した。

(2) 慰謝料

同原告は、冨田所有建物の西側に狭い路地を挟んで住居を所有し、家族とともに居住していたが、本件事故により冨田所有建物が右住居の軒先に接するように傾斜し、約二か月間にわたって放置された。右の間、同原告及びその家族は、冨田所有建物の倒壊の危険にさらされながら、生活することを余儀なくされたものであり、右による同原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用

同原告は、本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、その報酬として一三万円を支払うことを約した。

(三) 原告鈴木実の損害

本件事故により、同原告所有自動車のタイヤ四本が破損して使用不能となり、タイヤ四本を購入したため、四万五〇〇〇円相当の損害を被った。

(四) 原告冨田勝美、同冨田千恵子及び同冨田博幸の損害

(1) 冨田利雄の逸失利益

冨田利雄は、死亡当時三五歳の健康な男子で、会社員として稼働し、月額三一万八一四五円の給与を受けていたものであり、本件事故によって死亡しなければ六七歳までの三二年間は就労が可能で、少なくとも右給与相当額を収入として得ることができたものであり、その間、生活費として収入の三割を要したものというべきであるから、以上を基礎として新ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して冨田利雄の逸失利益の死亡時における現価を算定すると五〇二五万七四九二円となる。

原告冨田勝美は冨田利雄の妻、原告冨田千恵子及び同冨田博幸は同人の子として、原告冨田勝美は右総額の二分の一である二五一二万八七四六円、その余の原告らは同じく各四分の一である一二五六万四三七三円の損害賠償請求権をそれぞれ相続により承継取得した。

(2) 慰謝料

冨田利雄の死亡による慰謝料及び本件事故による原告らの肉体的・精神的苦痛に対する慰謝料としては、原告ら各自六〇〇万円が相当である。

(3) 建物撤去費用

二次災害防止のため、倒壊し傾いた冨田所有建物を撤去し、三〇万円の費用を要したが、原告冨田勝美が右債務を負担した。

(4) 建物の滅失による損害

冨田所有建物は、本件事故によって全壊し、その再築には、六七〇万〇七〇〇円の費用を要するところ、原告冨田勝美は右損害賠償請求権の二分の一、その余の原告らは同じく各四分の一をそれぞれ相続により承継取得した。

(5) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

原告冨田勝美は、本件事故により、その所有家具、電器製品、什器・備品等を損壊され、合計四四万〇五三七円の損害を受けた。

(6) 治療費等

原告冨田千恵子は、本件事故により加療約二週間を要する頭部・顔面挫傷擦過傷を、同冨田博幸は加療約二週間を要する頭部・顔面挫傷の傷害を負い、原告冨田勝美は、右両名の診断書作成費用として二万七八四〇円、冨田利雄の葬式の返礼の費用として一万七〇七〇円、本件事故証明のための費用として二〇〇〇円の合計四万六九一〇円を支出した。

(7) 家賃等

冨田所有建物が倒壊したことにより、右各原告は他に住居を賃借せざるを得なくなり、原告冨田勝美は、昭和五六年一〇月二三日から借家を一か月二万一〇〇〇円で賃借した。同五六年一〇月二三日から同六二年三月分までとして同原告が支払った賃料等は、左記のとおり合計一六一万円である。また、同六二年四月一日から右賃料は、一か月二万八〇〇〇円となり、本判決が確定するまで右建物を賃借する必要があるから、その後の右賃料相当額も同原告の損害である。

昭和五六年一〇月から同五八年三月三一日まで

三五万七〇〇〇円(一か月二万一〇〇〇円)

同五八年四月一日から同六〇年三月三一日まで

五五万二〇〇〇円(一か月二万三〇〇〇円)

右契約更新料

二万三〇〇〇円

昭和六〇年四月一日から同六二年三月三一日まで

六二万四〇〇〇円(一か月二万六〇〇〇円)

右契約更新料

二万六〇〇〇円

昭和六二年度の契約更新料

二万八〇〇〇円

合計一六一万円

(8) 弁護士費用

原告冨田勝美は、自己及び原告冨田千恵子、同冨田博幸にかかる本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、その報酬として三〇三万円を支払うことを約した。

(9) 一部弁済

原告冨田勝美は、斉藤工業から、本件事故の和解金として三一万六六六六円の、同冨田千恵子及び同冨田博幸は、同会社から各一五万八三三三円の弁済を受けた。

(五) 原告加藤惟男の損害

(1) 建物の滅失による損害

同原告所有建物は、本件事故によって全壊し、その再築には、七三五万一六〇〇円の費用を要する。

(2) 建物撤去費用

二次災害防止のため、倒壊し傾いた同原告所有建物を撤去し、一〇万円の費用を要した。

(3) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

本件事故により同原告所有建物は全壊したため、同建物内にあった同原告所有の家具や什器・備品が使用不能となり、合計一〇二万二九五〇円の損害を被った。

(4) 家賃等

同原告所有建物は、本件事故により全壊し、同原告は、他に住居を賃借せざるを得なくなり、昭和五六年一二月二〇日から、同五七年三月二〇日分まで三か月分の賃料合計一五万円を支払った。

また、本判決が確定するまで右建物を賃借する必要があるから、その後の一か月当たり五万円の右賃料相当額も同原告の損害である。

(5) 慰謝料

本件事故による同原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、五〇〇万円が相当である。

(6) 弁護士費用

同原告は、本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、その報酬として七二万円を支払うことを約した。

(7) 一部弁済

同原告は、本件事故の和解金として、斉藤工業から六三万三三三三円の弁済を受けた。

(六) 原告小林省三の損害

(1) 建物の滅失による損害

同原告所有建物は、本件事故によって全壊し、その再築には、七七二万一八三一円の費用を要する。

(2) 建物撤去費用

二次災害防止のため、倒壊し傾いた同原告所有建物を撤去し、一〇万円の費用を要した。

(3) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

本件事故により同原告所有建物は全壊したため、同建物内にあった同原告所有の家具や什器・備品等が使用不能となり、合計一五五万六〇五〇円の損害を受けた。

(4) 家賃等

同原告所有建物は、本件事故により全壊し、同原告は、他に住居を賃借せざるを得なくなり、昭和五六年一〇月から賃料一か月三万三〇〇〇円で建物を賃借し、賃料として四か月分一三万二〇〇〇円及び礼金として四万九〇〇〇円の合計一八万一五〇〇円を支払った。また、本判決が確定するまで右建物を賃借する必要があるから、同五七年二月二八日以降のその後の一か月当たり三万三〇〇〇円の右賃料相当額も同原告の損害である。

(5) 慰謝料

本件事故による同原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、五〇〇万円が相当である。

(6) 弁護士費用

同原告は、本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、その報酬として七六万円を支払うことを約した。

(7) 一部弁済

同原告は、本件事故の和解金として、斉藤工業から六三万三三三三円の弁済を受けた。

(七) 原告山本靖彦の損害

(1) 建物の滅失による損害

同原告所有建物は、本件事故によってその土台及び外壁に損傷を生じて居住不能の状態となり、再築の必要を生じたもので、その費用には、八四一万七五二五円の費用を要する。

(2) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

本件事故により、同原告所有の物置が全壊するなどしたため、合計六五万六三六〇円の損害を受けた。

(3) 家賃等

本件事故により同原告所有建物は居住不能となったため、同原告は、他に住居を賃借せざるを得なくなり、昭和五六年一〇月二四日から同年一二月分まで賃料合計二九万一〇〇〇円を支払った。また、本判決が確定するまで右建物を賃借する必要があるから、その後の一か月当たり五万七〇〇〇円の右賃料相当額も同原告の損害である。

(4) 慰謝料

本件事故による同原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、五〇〇万円が相当である。

(5) 弁護士費用

同原告は、本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、その報酬として六二万円を支払うことを約した。

(6) 一部弁済

同原告は、本件事故の和解金として、斉藤工業から六三万三三三三円の弁済を受けた。

(八) 原告横山早苗の損害

本件事故により、同原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

(九) 原告横山睦廣の損害

(1) 建物の滅失による損害

同原告所有建物は、本件事故によって全壊し、その再築には、七二三万〇三七五円の費用を要する。

(2) 建物撤去費用

二次災害防止のため、倒壊し傾いた同原告所有建物を撤去し、一〇万円の費用を要した。

(3) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

本件事故により同原告所有建物は全壊したため、同建物内にあった同原告所有の家具や什器・備品等が使用不能となり、合計九八万一四一四円の損害を受けた。

(4) 休業損害

同原告は、本件事故当時、日当七三三三円で他に稼働勤務していたが、本件事故の事後処理等のため、勤務先を一一日間にわたって欠勤し、その間の賃金相当額損害金は合計八万〇六六三円となる。

(5) 見積書作成費用

同原告は、建物再築のための見積書作成を依頼し、その費用として四万五〇〇〇円を支払った。

(6) 家賃等

同原告は、本件事故により同原告所有建物が全壊したため、他に住居を賃借せざるを得なくなり、左記のとおり賃料、更新料、敷金を支払ったが、昭和六三年七月分までとして支払った総額は、二五九万一四五一円である。また、本判決が確定するまで右建物を賃借する必要があるから、その後の賃料相当額も同原告の損害であるが、賃料額は、昭和六四年(平成元年)三月以降毎年二〇〇〇円程度増額することが見込まれる。

昭和五六年一一月分から同五八年三月分まで

一か月二万五〇〇〇円

同五八年三月二八日

更新料 二万八〇〇〇円

同五八年四月分から同六〇年三月分まで

一か月二万八〇〇〇円

同六〇年三月末日

更新料 三万一〇〇〇円

同六〇年四月分から同六二年三月分まで

一か月三万一〇〇〇円

同六二年三月末日

更新料 三万三〇〇〇円

同六二年四月分から同年一〇月分

一か月三万三〇〇〇円

同六二年一〇月一八日

敷金 一二万円

同年一〇月分

一万一四五一円

同六二年一一月分から同六三年三月分まで

一か月三万二〇〇〇円

同六三年四月分から同六四年(平成元年)二月分まで

一か月三万四〇〇〇円

同六四年(平成元年)

三月分から同六五年(平成二年)二月分まで

一か月三万六〇〇〇円

同六五年(平成二年)三月分から同六六年(平成三年)二月分まで

一か月三万八〇〇〇円

同六六年(平成三年)三月分以降

一か月四万円

(7) 慰謝料

本件事故による同原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。

(8) 弁護士費用

同原告は、本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、その報酬として九〇万円を支払う旨を約した。

(9) 請求権実現費用等

同原告は、写真撮影費用(五二一五円)、電話・通信費(一万八六六〇円)、手数料・相談料(一万〇七〇〇円)を支出した。

(10) 一部弁済

同原告は、本件事故の和解金として、斉藤工業から、六三万三三三三円の弁済を受けた。

(一〇) 原告横山チキの損害

(1) 休業損害

同原告は、本件事故の事後処理等のため、勤務先を休業することを余儀なくされ、合計四万三五〇〇円の給与相当額の損害を被った。

(2) 慰謝料

本件事故により、同原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、二〇〇万円が相当である、

6  妨害予防請求及び妨害排除請求

(一) 妨害予防請求

被告大野は、本件事故後も本件擁壁を倒壊したままに放置し、被告大野所有地の土砂は何らの防御措置も講じられないまま露出しており、同土地から、原告高橋、同加藤、同小林、同山本及び同横山の各所有地への土砂の流入が継続している。よって、右原告らは、その所有地の所有権に基づいて、被告大野に対し、土砂の流入を防止するための擁壁の設置を請求できるというべきであるが、千葉県建築基準法施行条例四条によれば、高さ五メートルを超える擁壁については、鉄筋コンクリート造りにしなければならない旨が規定されており、その場合の擁壁としては、別紙図面(二)の擁壁が適当として指導されている。

(二) 妨害排除請求

原告加藤、同小林、同山本及び同横山の各所有地には、本件事故により、被告大野所有地から流出した土砂や岩石が堆積したまま放置され、右原告ら所有地の所有権が妨害されている。

7  結論

よって、原告らは、次のとおり請求する。

(一) 甲事件原告ら

(1) 原告高橋宏和、同鈴木安蔵及び同鈴木実は、被告ら各自に対し、不法行為又は国家賠償法一条に基づく損害賠償として、原告高橋宏和については一八四五万〇六六八円、同鈴木安蔵については一四八万九八五〇円、同鈴木実については四万五〇〇〇円及び右各金員に対する不法行為の当日である昭和五六年一〇月二二日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、

(2) 原告高橋宏和は、被告ら各自に対し、不法行為又は国家賠償法一条に基づく損害賠償として、昭和六〇年七月一日から本判決確定の日まで賃料相当額一か月当たり三万一〇〇〇円の割合による金員の支払を、

(3) 原告高橋宏和は、被告大野敏章に対し、所有権に基づく妨害予防請求として、請求の趣旨記載の擁壁の設置を、それぞれ求める。

(二) 乙事件原告ら

(1) 原告冨田勝美、同冨田千恵子、同冨田博幸、同加藤惟男、同小林省三及び同山本靖彦は、被告ら各自に対し、不法行為又は国家賠償法一条に基づく損害賠償として、同冨田勝美については三九五八万九八七七円、同冨田千恵子については二〇〇八万一二一五円、同冨田博幸については二〇〇八万一二一五円、同加藤惟男については一三七一万一二一七円、同小林省三については一四六八万六〇四八円、同山本靖彦については一四四六万五五五二円及び右各金員に対する弁済期の後である昭和五七年三月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、

(2) 原告冨田勝美、同加藤惟男、同小林省三及び同山本靖彦は、被告ら各自に対し、不法行為又は国家賠償法一条に基づく損害賠償として、原告冨田勝美については昭和六二年四月一日から本判決確定の日まで賃料相当額一か月当たり二万八〇〇〇円の割合による金員、同加藤惟男については昭和五七年三月二一日から本判決確定の日まで同一か月当たり五万円の割合による金員、同小林省三については昭和五七年二月二八日から本判決確定の日まで同一か月当たり三万三〇〇〇円の割合による金員、同山本靖彦については昭和五七年一月一日から本判決確定の日まで同一か月当たり五万七〇〇〇円の割合による金員の支払を、

(3) 原告加藤惟男、同小林省三及び山本靖彦は、被告大野敏章に対し、所有権に基づく妨害排除及び妨害予防請求として、請求の趣旨記載の擁壁の設置及び土砂等の撤去を、

それぞれ求める。

(三) 丙事件原告ら

(1) 原告横山早苗、同横山睦廣及び同横山チキは、被告大野敏章に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告横山早苗については一〇〇万円、同横山睦廣については一三三三万〇一四五円、同横山チキについては二〇四万三五〇〇円及び右の各金員に対する弁済期の後である昭和五七年四月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、

(2) 原告横山睦廣は、被告大野敏章に対し、不法行為に基づく損害賠償として、昭和六三年七月から同六四年(平成元年)二月まで各月末日限り賃料相当額三万四〇〇〇円、同年三月から同六五年(平成二年)二月まで各月末日限り同三万六〇〇〇円、同年三月から同六六年(平成三年)二月まで各月末日限り同三万八〇〇〇円、同年三月から本判決確定の日まで各月末日限り同四万円の金員の支払を、

(3) 原告横山睦廣は、被告大野敏章に対し、所有権に基づく妨害排除及び妨害予防請求として、請求の趣旨記載の擁壁の設置及び土砂の撤去を、

それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

(被告大野)

1 請求原因1(一)(二)の事実は認める。

2 (一)同2(一)の事実のうち、本件擁壁が崩壊したこと自体は認め、その余の事実は知らない。

(二) 同2(二)の事実のうち、結果の発生は認めるが、その余の事実は知らない。

3 同3(一)ないし(四)の事実は知らない。

4 同4(一)の事実は否認する。本件擁壁は、原告らが所有・占有するものである。

5 同5(一)ないし(一〇)の損害額の主張は争う。原告ら主張の損害は減価償却等の損害額算定のための必要な調整がなされておらず、過当な主張額となっている。

また、原告山本所有建物は、本件事故により風呂場や便所の破損を生じたにすぎないものであって、本件事故後直ちに建物の修理をしていれば、三二万円程度の費用で補修可能であったものであるところ、原告山本靖彦は、本件事故後に必要な補修を施さず、居住もしないままに建物を放置していたことにより、損害の増大を招いたものであるから、同原告の損害額の算定に際しては、右の事情を考慮すべきである。

(被告千葉県)

1 請求原因1(一)(二)の事実は知らない。

2(一) 同2(一)の事実のうち、本件擁壁が崩壊したことは認めるが、その詳細は知らない。

(二) 同2(二)の事実は知らない。

3 同3(一)ないし(四)の事実は知らない。本件擁壁に設置上の瑕疵が存在したとの主張は争う。

4 同4(二)(1)の事実のうち、被告大野及び斉藤工業が本件擁壁につき、建築確認を受けたとの点は否認する。また、原告らの主張する書類が添付されていなかったことは認めるが、それらの書類が法令上添付されるべき必要書類であることは争う。

同4(二)(2)の主張は争う。仮に、本件擁壁について建築確認がなされていたものとしても、建築確認は、提出された確認申請書に明示されている内容について、申請工作物の築造計画が関係法令の定める基準に適合するか否かを認定する行為に過ぎず、現実の工作物が右の基準に適合するか否かを認定する行為ではない。

また、建築基準法は、特定行政庁が違反工作物に関して是正命令をすることができる旨を規定しているが、右の権限を行使するか否かは、行政庁の自由裁量に委ねられているものと解すべきであり、権限の不行使それ自体を直ちに違法とすることはできない。本件においては、被告千葉県は、本件事故が発生するまで、本件擁壁が違反工作物であることを認識しうる状況になかったものであり、その権限の不行使に違法性はない。

5 同5の事実は知らない。

三  被告大野の主張

1  本件損害の賠償責任の不存在

(一) 関係法令上、崖の下に建物を建築する場合には、擁壁と建物との間は擁壁の高さの二倍以上の距離をあけなければならないところ、原告ら所有建物と本件擁壁の間は、三〇センチメートル程の距離しかなかったものであり、原告ら所有建物が前記法令を遵守して建築されていれば、本件事故は発生しなかったものである。

(二) また、原告鈴木安蔵及び同鈴木実の各所有車両は、駐車禁止区域に駐車してあったために本件事故にあったものであるから、クリーンハンズの理論からして、被告大野が損害賠償義務を負担する理由はない。

(三) さらに、冨田所有建物の倒壊は、本件擁壁の倒壊が原因ではなく、本件擁壁の倒壊により押し流された原告横山所有建物が倒れかかったことにより生じたもので、原告横山所有建物が倒壊したのは、同建物の設置又は保存上の瑕疵によるものであるから、被告大野には、原告冨田勝美、同冨田千恵子及び同冨田博幸の損害を賠償する義務はない。

2  共同不法行為者に対する債務の免除

仮に本件事故について被告大野が原告らに対して損害賠償責任を負担するとしても、本件擁壁の建設を請け負った斉藤工業と同被告とは原告らに対して連帯債務を負担するものであるところ、原告らは、昭和六二年二月一三日の本件訴訟の口頭弁論期日において、斉藤工業と裁判上の和解をなし、和解条項に定める以外の同会社に対する請求を放棄したのであるから、原告らは本件損害の最終的な賠償責任の帰属者である同会社の債務を免除したものというべく、右免除の効力により、被告大野は原告らに対する損害賠償債務を免れたものというべきである。

3  過失相殺

(一) 冨田所有建物や原告ら所有建物は、本件擁壁に密接して建築され、しかも、建物と建物の間隔も十分に取られていなかったものであり、加えて、建物の建材自体も粗悪なものを使用しており、建材の接合も不十分であったものであって、損害額の算定についてはこれらの事情が考慮されるべきである。

(二) 冨田利雄の死亡事故の原因は、本件擁壁の倒壊に際し、同人がいったんは避難しようとしたのに、着替えのためにその所有建物の二階に戻ったことにあり、同人の損害額の算定に際しては、右の事情を斟酌すべきである。

四  被告大野の主張に対する認否

1  本件損害の賠償責任性

右主張は争う。

2  共同不法行為者に対する債務免除

被告大野主張の裁判上の和解の成立は認めるが、その余の法的主張は争う。被告大野と斉藤工業が原告らに対して負担する債務はいわゆる不真正連帯債務であるから、原告らの斉藤工業に対する債務の一部免除は被告大野に効力を及ぼさないというべきである。

3  過失相殺

(一) 抗弁3(一)の主張は争う。

(二) 同3(二)の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

第一  妨害予防請求及び妨害排除請求について

1  原告高橋宏和、同加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦及び同横山睦廣は、被告大野に対して、別紙図面(一)のア、イ、ウ、エ、オ、カ及びキの各点を順次結んだ線上に別紙図面(二)記載の擁壁を設置することを請求するが、別紙図面(一)によっては、請求にかかる擁壁の設置場所が特定されているものとはいえず、また、別紙図面(二)によっては、設置すべき擁壁の工事内容ないし具体的仕様が執行可能な程度までに特定されているものとも認められないから、右訴えは不適法であり、却下を免れない。

2  原告加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦及び同横山睦廣は、被告大野に対して、各所有地上の土砂及び岩石の撤去を請求するが、その撤去請求の対象である土砂、岩石の範囲・分量については不特定であるといわざるを得ず、右訴えは不適法であり、却下を免れない。

第二  損害賠償請求について

一  当事者等

請求原因(一)(二)の事実は、原告らと被告大野との間では争いがなく、被告千葉県と原告らとの間では、弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

二  本件事故の発生

本件擁壁が崩壊したこと自体(請求原因2(一)の一部)は当事者間に争いがなく、原告ら主張の結果が生じたこと(同2(二)の一部)は、原告らと被告大野との間で争いがない。右認定事実に<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  昭和五六年一〇月二二日午後一〇時五五分ころ、折から台風二四号による豪雨(本件事故時までの総降雨量約一三七ミリメートル)により、本件擁壁は幅約二・八ないし四・二メートル、長さ約四七メートル、深さ平均二・五メートルにわたって崩壊し、被告大野所有地の土砂約四〇〇立方メートルが流出した。

2  本件擁壁の崩壊に伴う右土砂の流出により、原告小林所有建物が半壊、その余の原告ら所有建物及び冨田所有建物が全壊するとともに、同建物内にいた冨田利雄が倒壊した家屋の下敷きになってその身体を圧迫され、同月二三日午前零時三分ころ、千葉県鎌ヶ谷市内の収容先の病院で死亡したほか、原告冨田千恵子及び同冨田博幸が加療約二週間を要する傷害を負い、折から冨田所有建物の前面道路に駐車中であった原告鈴木安蔵及び同鈴木実の所有する普通乗用自動車各一台が破損する本件事故が発生した。

三  本件擁壁の瑕疵

<証拠>を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1  本件事故により被害を受けた建物は、昭和五〇年ころにいわゆる建売住宅として建築されて分譲されたものであり、その背後にあたる被告大野所有地との境界(別紙図面(一)のア、イ、ウ、エ、オ、カ及びキの各点を順次直線で結んだ線)は、高さ約一・七メートルほどの切土の崖になっており、コンクリート製の軽量ブロックで簡易な擁壁が築造され、その上部はさらに五〇ないし六〇センチメートルの高さの崖となっており、そこから傾斜角二五度以下の緩傾斜の斜面が続いていた。

2  被告大野の父親である大野富治は、被告大野所有地を葱畑として利用するため、右擁壁の改修工事をすることを決め、昭和五二年九月ころ、斉藤工業に右工事を代金二七六万七〇〇〇円で請け負わせて、同月二三日ころから工事に着手したが、原告らが右工事に不安を感じて大野富治に工事の中止を要請し、鎌ケ谷市役所からも工事の中止が勧告されたため、工事はいったん中止されることになり、大野富治や斉藤工業の関係者と原告らとの間で話し合いがなされた。その結果、擁壁は、境界線から三〇センチメートル被告大野所有地の側に寄せて築造すること、擁壁の根元に沿って側溝を設けること、擁壁の構造を変更すること等を条件に原告らが擁壁の改修を了承し、工事代金も五五〇万円と増額されて同年一一月七日ころから工事が再開されたが、同年一一月一六日に大野富治が死亡し、その子である被告大野が被告大野所有地を相続により承継取得するとともに、前記請負契約の注文者たる地位を引き継ぎ、昭和五三年一月二〇日ころ、本件擁壁が竣工してその引渡を受けた。

3  完成した擁壁は、地山崖を約一メートルの深さにわたって削り取り、崖下部分を掘り下げて基礎工事を行ったうえ、間知石ブロックを一五段積み上げたもので、高さ約四・七メートル、長さ約四七メートル、厚さ四三ないし四五センチメートル、傾斜角度七三ないし七六度の規模を有していたもので、その背後には地山崖を削り取った残土約八〇〇立方メートルが埋め込まれ盛土されたが、昭和五三年七月ころ、被告大野は、川上清に請け負わせて本件擁壁の上にコンクリート製軽量ブロックを三段積み上げ、本件擁壁の高さを約五・三メートルとした。

4  ところで、本件擁壁の背後に所在する被告大野所有地は、生活用水の排水管が埋設されていたほかは、排水施設のない畑であって、上部から順次に関東ローム層(約四・五メートル)、常総粘土層(約二メートル)及び成田層群の砂層となっており、特に本件擁壁の背面の盛土は関東ローム層質の土に小礫やゴミの混入した残土からなり、水を浸透吸収しやすいもので、多量の降雨があった場合には、雨水が土壌に吸収され、多大の浸透水圧を本件擁壁にかけることになるから、本件擁壁には、その背面に擁壁の全面にわたって、水抜き用の割栗石を投入し、少なくとも厚さ三〇センチメートル、高さ四メートルの排水層を形成することが必要であった。

5  しかるに、本件擁壁には、約三・三平方メートルに一本の割合で排水用の塩化ビニールパイプが設置されていたものの、擁壁裏面の浸透水を集積し、これを右パイプから排水するために必要な裏込め用の割栗石の投入がきわめて不十分であり、右パイプの周辺にのみ少量の割栗石が入れられていただけで、排水層はまったく形成されていなかった。

6  そのため、本件擁壁が建築されて後、半年間くらいは、水抜き穴からわずかながらも泥水が排出されていたが、その後は排水されていた事実はなく、水抜き穴も詰まってしまい、築造後一年くらい後には、擁壁上部のブロックの土留めの上から雨水が溢れ出るようなことさえあった。本件事故当日の台風二四号による降雨量は、鎌ケ谷市消防本部の資料によると一八七・五ミリメートル、本件擁壁の崩壊前の降雨量は一三七ミリメートルであり、本件現場の地勢からすると、本件擁壁の集水面積は約八五〇平方メートルと算出され、本件擁壁の裏面に集まった水は最大で一一六・五立方メートルとなるところ、本件擁壁背後の盛土は最大層厚約二・八メートルで、裏込め用の割栗石の投入がきわめて不十分であったため、当該箇所に浸透した雨水が排水されず、擁壁裏面に停滞して飽和状態に達し、本件擁壁に浸透水圧がかかったため、本件擁壁が背後の盛土とともに崩壊した。

四  被告大野の責任

前記認定にかかる本件擁壁の築造の経緯からすれば、本件擁壁は、当初大野富治、次いで被告大野が、斉藤工業に請け負わせ、同会社において工事を完成させ、同被告に手渡したもので、また、被告大野所有地に不可分一体に附合して、同土地の所有権の対象となるものであるから、被告大野が所有し、また、これを右土地の使用に付随して占有するものであることは明らかである。したがって、被告大野は土地の工作物である本件擁壁の所有者兼占有者として、本件事故により原告らに生じた損害の賠償責任を免れないというべきである。

五  被告千葉県の責任

1  <証拠>によれば、本件擁壁に関する確認申請は、本件擁壁の竣工後である昭和五三年三月一〇日にすでに死亡していた大野富治を申請者としてなされ、その申請内容も実際の工作物とはその規模、構造において異なっていたが、同月三〇日に建築主事により確認処分がなされたものであることが認められるところ、右確認申請の申請書には、原告らが添付の必要性を主張する各計算書が添付されていないことについては、当事者間に争いがない。しかしながら、建築基準法施行規則三条本文によれば、原告ら主張にかかる各計算書の類は、法令上添付すべき必要書類とはされていないことが明らかであるから、右計算書が添付されていないのに建築確認をしたことを理由とする原告らの主張には理由がない(なお、被告千葉県は、本件擁壁についての確認申請がなされた事実を否認するのでこの点について検討すると、前記丁第一号証の一ないし八にかかる確認申請が、死者の名義をもってなされ、また、申請にかかる工作物と実際の工作物との規模、構造に差異があることは前記認定のとおりであるが、申請書記載の工作物の設置場所や種類・構造及びその規模からして、前記確認申請が本件擁壁についてなされた関係にあること自体はこれを認めることができるものというべきである。)。

2  ところで、いわゆる建築確認とは、行政庁たる建築主事が、申請にかかる建築物の計画について、それが当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合する旨を公の権威をもって確定し、宣言する公法上の処分行為であって、その方法も書面審査をもって足りるものであり、もとより、実際の建築物が前記法令に適合するものであるか否かを審査の対象とするものでないことは明らかである。したがって、実際の工作物が確認申請の内容と異なるのに確認をしたこと自体をもって違法ということはできず、この点に関する原告らの主張には理由がない。

3  つぎに、建築基準法上、特定行政庁及び建築監視員は、違反建築物につき、その建築主等の一定範囲の関係人に対して、必要な是正措置を命令する権限を付与されているところ、本件擁壁について、被告千葉県が右法令上の権限を行使しなかったことは当事者間に争いがなく、原告らは、右権限の不行使の事態を違法である旨主張するので、この点について判断する。

一般に、行政庁の権限不行使がいかなる場合に違法となるかについては議論があるが、行政庁が法令上付与された権限を行使するか否かは、当該行政庁の専門的技術的見地に立つ政策的な判断(自由裁量)に属するのが原則である。そうすると、行政庁の権限不行使が国家賠償法上の違法評価を受けるのは、当該権限の不行使が行政庁に付与された裁量権の消極的濫用ともいえる程度に不合理と判断される場合に限られると解するのが相当であり、具体的には、国民の生命、身体、財産に対する切迫した危険が存在し、行政庁においてこのような危険の存在を具体的に知り又は知り得べき状態にあることが最低限度必要であるというべきである。本件について、右の要件の存否を検討するのに、本件擁壁には、前記認定のとおり、その設置の当初から、豪雨等の場合には、倒壊の危険性があったものであるが、右の危険性について、原告らを含む何人からか被告千葉県の行政機関が通報・陳情等を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、しかも、右の危険性は裏込め用の割栗石の不足という外部からは発見が困難な内部構造に由来するものであることを考慮すれば、被告千葉県の行政機関が本件事故発生の具体的蓋然性を認識していたことあるいはこれを認識しうべき状況にあったことを認めることはできないというべきであり、この点についての原告らの所論は採用できず、論旨は理由がない。

六  被告大野の賠償すべき損害

1  原告高橋宏和の損害

(一) 建物の滅失による損害

<証拠>によれば、原告高橋所有建物は、昭和五〇年一〇月に新築されたもので、同五六年一二月当時の新築価格を試算すると七〇二万四八六一円となるところ、建物の経年変化による価値の減少(右建物の耐用年数を三〇年と見て定額法により六年間の減価償却をするのを相当と解する。以下同じ。)を考慮すると、右建物の滅失時における価格は、五六一万九八八八円(円未満切り捨て)と認める。

(二) 見積書作成費用

<証拠>によれば、同原告は、建物再築費用算出のための見積書作成を一級建築士に依頼し、その費用として四万五〇〇〇円を支払ったことを認めることができる。

(三) 建物撤去費用

<証拠>によれば、本件事故後、二次災害の防止のため、倒壊した同原告所有建物を撤去し、同原告が、その費用として一〇万円を支出したことが認められる。

(四) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

<証拠>によれば、同原告所有の家具・什器・備品等(取得価格合計一一一九万七一二〇円)が本件事故により滅失ないし紛失したことが認められるところ、減価償却その他の諸般の事情を考慮すれば、右動産の滅失時における価格は、右取得価格の五分の一に当たる二三九万九四二四円と認める。

(五) 家賃等

<証拠>によれば、同原告は、その所有建物が本件事故により滅失したため、住居の賃借を余儀なくされたことが認められるところ、右の賃料は、同原告が代替建物を取得するのに必要な合理的期間についてのみ損害賠償の対象となるものと解すべく、その期間は、昭和五八年九月末日までの本件事故後約二年間と見るのが相当であり、同原告本人尋問の結果によれば、右期間の建物の賃借料は、昭和五六年一〇月分から同五八年三月分までが一か月当たり二万五〇〇〇円、同五八年四月分から九月分までが一か月当たり二万八〇〇〇円であることが認められるから、右期間における賃借料の合計額は、六一万八〇〇〇円となる。

(六) 電話移設費

<証拠>によれば、同原告は、本件事故による建物倒壊により建物内に設置していた電話を借家内に移設し、その費用として七〇〇〇円を支出したことが認められる。

(七) 休業損害

<証拠>によれば、同原告は、本件事故の後始末のため、昭和五六年一〇月二三日から同月二八日までの六日間にわたって勤務先を欠勤せざるを得ず、その間の給与相当額として、少なくとも五万八一四〇円の損害を被ったことが認められる。

(八) 慰謝料

本件事故の難度、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の被った精神的苦痛は、一五〇万円をもって慰謝するのが相当である。

(九) 弁護士費用

原告高橋宏和が本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、事案の難度、本件訴訟の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係を有し、被告大野に賠償を求めうべき損害としての弁護士費用は、一〇〇万円が相当である。

(一〇) 小括

以上によれば、原告高橋宏和が本件事故により被った損害額の総計は、前記(一)ないし(九)の金額の総計から同原告の自陳により本件事故の和解金として斉藤工業から弁済を受けたものと認める六三万三三三三円を控除した残額である一〇七一万四一一九円となる。

2  原告鈴木安蔵の損害

(一) 自動車の毀損による損害

<証拠>によれば、本件事故により原告鈴木安蔵所有の自動車が破損し、その修理費用として三五万九八五〇円を要したことを認めることができる。

(二) 慰謝料

<証拠>によれば、原告鈴木安蔵は、冨田所有建物の西側に幅員約四メートルの道路を挟んで居宅を所有していたが、本件事故により、右冨田所有建物が同原告所有建物の方向に傾斜したままで約二か月間にわたって放置されていたことを認めることができ、右による同原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては、一〇万円が相当である。

(三) 弁護士費用

原告鈴木安蔵が本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、事案の難度、本件訴訟の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係を有し、被告大野に賠償を求めうべき損害としての弁護士費用は、五万円が相当である。

(四) 小括

以上によれば、原告鈴木安蔵が本件事故によって被った損害額の総計は、前記(一)ないし(三)の金額の合計である五〇万九八五〇円となる。

3  原告鈴木実の損害

<証拠>によれば、本件事故により同原告所有自動車のタイヤ四本が破損し、四万五〇〇〇円相当の損害を被ったことを認めることができる。

4  原告冨田勝美、同冨田千恵子及び冨田博幸の損害

(一) 冨田利雄の逸失利益

<証拠>によれば、冨田利雄は、死亡当時三五歳の健康な男子で、タクシーの乗務員として稼働し、月額平均三一万八一四五円の給与を受けていたもので、本件事故によって死亡しなければ満六七歳までの三二年間は就労可能で、少なくとも右給与相当額を収入として得ることができたものであり、その間、同人の年齢、職種及び家族構成等からすると生活費として収入の四割を要したものというべきであるから、以上を基礎としてホフマン式計算方法(ホフマン係数一八・八〇六〇)により年五分の割合による中間利息を控除して冨田利雄の逸失利益の死亡時における現価を算定すると四三〇七万七八五一円(円未満切り捨て)となる。

弁論の全趣旨によれば、原告冨田勝美は冨田利雄の妻、原告冨田千恵子及び同冨田博幸は同人の子であることが明らかであるから、原告冨田勝美は右総額の二分の一である二一五三万八九二五円(円未満切り捨て)の、その余の原告らは同じく各四分の一である一〇七六万九四六二円(同)の損害賠償請求権をそれぞれ相続により承継取得したものというべきである。

(二) 慰謝料

本件事故により冨田利雄が死亡したことによる同原告らの近親者としての固有の慰謝料及び本件事故により同原告らが被った精神的・肉体的苦痛に対する慰謝料の合計は、原告ら各自六〇〇万円とするのが相当である。

(三) 建物撤去費用

<証拠>によれば、本件事故後、二次災害防止のため、倒壊した冨田所有建物を撤去し、同原告がその費用として三〇万円の債務を負担したことが認められる。

(四) 建物の滅失による損害

<証拠>によれば、冨田所有建物は、昭和五〇年に新築されたもので、同五六年一二月当時の新築価格を試算すると六七〇万〇七〇〇円となるところ、建物の経年変化による価値の減少を考慮すると、右建物の滅失時における価格は、五三六万〇五六〇円と認めるのが相当であり、原告冨田勝美は右金額の二分の一である二六八万〇二八〇円の、その余の原告らは各四分の一である一三四万〇一四〇円の損害賠償請求権を相続により承継取得したことが明らかである。

(五) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

<証拠>によれば、同原告所有の家具・什器・備品等(取得価格合計四四万〇五三七円)が本件事故により滅失ないし紛失したことが認められるところ、減価償却その他の諸般の事情を考慮すれば、右動産の滅失時における価格は、右取得価格の五分の一に当たる八万八一〇七円(円未満切り捨て)と認める。

(六) 治療費等

<証拠>によれば、原告冨田勝美は、同冨田千恵子及び同冨田博幸の本件事故による傷害の診断書作成費用として合計二万七八四〇円を支出したことを認めることができる(なお、同原告主張のその余の損害は、本件事故と相当因果関係のある損害といえない。)。

(七) 家賃

<証拠>によれば、同原告は、冨田所有建物が本件事故により滅失したため、住居の賃借を余儀なくされたことが認められるところ、右の賃料は、同原告が代替建物を取得するのに必要な合理的期間についてのみ損害賠償の対象となるものと解すべく、その期間は、昭和五八年九月末日までの本件事故後約二年間と見るのが相当であり、同原告本人尋問の結果によれば、右期間の建物の賃借料は、昭和五六年一〇月から同五八年三月までが一か月当たり二万一〇〇〇円、同年四月から同年九月までが一か月当たり二万三〇〇〇円であることが認められるから、右期間内の賃借料の合計額は、五一万六〇〇〇円となる。

(八) 弁護士費用

原告冨田勝美が自己及び原告冨田千恵子、同冨田博幸にかかる本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、事案の難度、本件訴訟の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係を有し、被告大野に賠償を求めうべき損害としての弁護士費用は、三〇〇万円が相当である。

(九) 小括

以上によれば、本件事故によって被った損害額の総計は、原告冨田勝美については、前記(一)ないし(八)の金額の総計から同原告の自陳により本件事故の和解金として斉藤工業から弁済を受けたものと認める三一万六六六六円を控除した残額である三三八三万四四八六円、原告冨田千恵子及び同冨田博幸については、それぞれ前記(一)、(二)及び(四)の金額の総計から同原告らの自陳により本件事故の和解金として斉藤工業から弁済を受けたものと認める各一五万八三三三円を控除した各一七九五万一二六九円となる。

5  原告加藤惟男の損害

(一) 建物の滅失による損害

<証拠>によれば、原告加藤惟男所有建物は、昭和五〇年ころに新築されたもので、同五六年一二月当時の新築価格を試算すると七三五万一六〇〇円となるところ、建物の経年変化による価値の減少を考慮すると、右建物の滅失時における価格は、五八八万一二八〇円と認める。

(二) 建物撤去費用

<証拠>によれば、本件事故後、二次災害防止のため、倒壊した同原告所有建物を撤去し、同原告がその費用として一〇万円を支出したことが認められる。

(三) 家具・什器・備品等の損害

<証拠>によれば、同原告所有の家具・什器・備品等(取得価格合計一〇二万二九五〇円)が本件事故により滅失ないし紛失したことが認められるところ、減価償却その他の諸般の事情を考慮すれば、右動産の滅失時における価格は、右取得価格の五分の一に当たる二〇万四五九〇円と認める。

(四) 家賃

<証拠>によれば、同原告は、その所有建物が本件事故により滅失したため、昭和五六年一二月以降、家屋の賃借を余儀なくされたことが認められるところ、右の賃料は、同原告が代替建物を取得するのに必要な合理的期間についてのみ損害賠償の対象となるものと解すべく、その期間は、昭和五八年九月末日までの本件事故後約二年間と見るのが相当であり、同原告本人尋問の結果によれば、右期間を通じての建物の賃借料は一か月当たり五万円であることが認められるから、右期間内における賃借料の合計額は一一〇万円となる。

(五) 慰謝料

本件事故の態様、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の被った精神的苦痛は、一五〇万円をもって慰謝するのが相当である。

(六) 弁護士費用

原告加藤惟男が本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、事案の態様、本件訴訟の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係を有し、被告大野に賠償を求めうべき損害としての弁護士費用は、七〇万円が相当である。

(七) 小括

以上によれば、原告加藤惟男が本件事故によって被った損害額の総計は、前記(一)ないし(六)の金額の総計から同原告の自陳により本件事故の和解金として斉藤工業から弁済を受けたものと認める六三万三三三三円を控除した残額である八八五万二五三七円となる。

6  原告小林省三の損害

(一) 建物の滅失による損害

<証拠>によれば、原告小林所有建物は、昭和五〇年ころに新築されたもので、同五六年一二月当時の新築価格を試算すると七七二万一八二一円となるところ、建物の経年変化による価値の減少を考慮すると、右建物の滅失時における価格は、六一七万七四五六円(円未満切り捨て)と認める。

(二) 建物撤去費用

<証拠>によれば、本件事故後、二次災害防止のため、倒壊した同原告所有建物を撤去し、同原告がその費用として一〇万円を支出したことが認められる。

(三) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

<証拠>によれば、同原告所有の家具・什器・備品等(取得価格合計一五五万六〇五〇円)が本件事故により滅失ないし紛失したことが認められるところ、減価償却その他の諸般の事情を考慮すれば、右動産の滅失時における価格は、右取得価格の五分の一に当たる三一万一二一〇円と認める。

(四) 家賃等

<証拠>によれば、同原告は、その所有建物が本件事故により滅失したため、住居の賃借を余儀なくされたことが認められるところ、右の賃料等は、同原告が代替建物を取得するまでの合理的期間についてのみ損害賠償の対象となるものと解すべく、その期間は、昭和五八年九月末日までの本件事故後約二年間と見るのが相当であり、同原告本人尋問の結果によれば、右期間を通じての建物の賃借料は一か月当たり三万三〇〇〇円で、また、礼金が四万九〇〇〇円であったことが認められるから、右期間内における賃借料等の合計額は、八四万一〇〇〇円となる。

(五) 慰謝料

本件事故の態様、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の被った精神的苦痛は、一五〇万円をもって慰謝するのが相当である。

(六) 弁護士費用

原告小林省三が本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、事案の難度、本件訴訟の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係を有し、被告大野に賠償を求めうべき損害としての弁護士費用は、六〇万円が相当である。

(七) 小括

以上によれば、原告小林省三が本件事故によって被った損害額の総計は、前記(一)ないし(六)の金額の総計から同原告の自陳により本件事故の和解金として斉藤工業から弁済を受けたものと認める六三万三三三三円を控除した残額である八八九万六三三三円となる。

7  原告山本靖彦の損害

(一) 建物の毀損による損害

<証拠>によれば、原告山本所有建物は、昭和五〇年ころに新築されたもので、本件事故により、倒壊は免れたものの、便所、風呂場及び外壁等に損傷を受けて居住不能の状態になったもので、同五六年一二月当時の修繕価格を試算すると二六九万七四〇〇円となることが認められる。なお、同原告は、右建物は本件事故により新築を余儀なくされる程度に損傷を受けた旨を主張し、同原告本人尋問においても同旨の供述をするが、右供述は直ちには信用できず、他に同原告の前記主張を裏付ける適切な証拠はない。

(二) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

<証拠>によれば、同原告所有の家具・什器・備品等(取得価格合計六四万九一六〇円、以上のほか、弁論の全趣旨によれば、同原告は、本件訴訟の証拠として使用した写真の費用七二〇〇円を支出していることが認められるが、右は本件事故と相当因果関係のある損害とは直ちにはいえない。)が本件事故により滅失ないし紛失したことが認められるところ、減価償却その他の諸般の事情を考慮すれば、右動産の滅失時における価格は、右取得価格の五分の一に当たる一二万九八三二円と認める。

(三) 家賃等

<証拠>によれば、同原告は、その所有建物が本件事故により居住不能となったため、住居の賃借を余儀なくされ、昭和五六年一〇月二四日、賃貸借契約を締結して二三万四〇〇〇円の支払をなし、同年一二月以降一か月当たり五万七〇〇〇円の賃料を支払っていることが認められるところ、右の賃料等は、同原告が右建物を修繕するのに必要な合理的期間についてのみ損害賠償の対象となるものと解すべく、その期間は、昭和五七年九月末日までの本件事故後約一年間と見るのが相当であるから、同原告の被告大野に賠償を求めうべき損害額は、八〇万四〇〇〇円となる。

(四) 慰謝料

本件事故の態様、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の被った精神的苦痛は、七〇万円をもって慰謝するのが相当である。

(五) 弁護士費用

原告山本靖彦が本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、事案の難度、本件訴訟の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係を有し、被告大野に賠償を求めうべき損害としての弁護士費用は、四〇万円が相当である。

(六) 小括

以上によれば、原告山本靖彦が本件事故によって被った損害額の総計は、前記(一)ないし(五)の金額の総計から同原告の自陳により本件事故の和解金として斉藤工業から弁済を受けたものと認める六三万三三三三円を控除した残額である四〇九万七八九九円となる。

8  原告横山早苗の損害

本件事故の態様、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の被った精神的苦痛は、三〇万円をもって慰謝するのが相当である。

9  原告横山睦廣の損害

(一) 建物の滅失による損害

<証拠>によれば、原告横山所有建物は、昭和五一年に新築されたもので、同五六年一二月当時の新築価格を試算すると七二三万〇三七五円となるところ、建物の経年変化による価値の減少を考慮すると、右建物の滅失時における価格は、六〇二万五三一二円(円未満切り捨て)と認める。

(二) 建物撤去費用

<証拠>によれば、本件事故後、二次災害の防止のため、倒壊した同原告所有建物を撤去し、同原告がその費用として一〇万円を支出したことが認められる。

(三) 家具・什器・備品等の滅失ないし紛失による損害

<証拠>によれば、原告横山睦廣所有の家具・什器・備品等(取得価格合計九七万四八五四円)が本件事故により滅失ないし紛失したことが認められるところ、減価償却その他の諸般の事情を考慮すれば、右動産の滅失時における価格は、右取得価格の五分の一に当たる一九万四九七〇円(円未満切り捨て)と認める。

(四) 休業損害

弁論の全趣旨によれば、同原告は、本件事故当時、日当七三三三円で他に稼働勤務していたが、本件事故の事後処理等のため、勤務先を一一日間にわたって欠勤したことが認められるところ、事故の態様・程度等により本件事故と相当因果関係のある欠勤日数は、右のうち九日間とするのが相当であり、その間の賃金相当額損害金は合計六万五九九七円となる。

(五) 見積書作成費用

<証拠>によれば、同原告は、建物再築のための見積書の作成を一級建築士に依頼し、その費用として四万五〇〇〇円を支出したことが認められる。

(六) 家賃等

<証拠>によれば、原告横山睦廣は、その所有建物が本件事故により滅失したため、住居の賃借を余儀なくされたことが認められるところ、右の賃料等は、同原告が代替建物を取得しうるまでの合理的期間についてのみ損害賠償の対象となるものと解すべく、その期間は、昭和五八年九月末日までの本件事故後約二年間と見るのが相当であり、同原告本人尋問の結果によれば、昭和五六年一一月分から同五八年三月分までの賃借料は一か月当たり二万五〇〇〇円であり、同五八年三月には更新料として二万八〇〇〇円を支払い、同五八年四月分から同年九月分までの賃料は一か月当たり二万八〇〇〇円であったことが認められるから、右期間内における賃料等の合計額は六二万一〇〇〇円となる。

(七) 慰謝料

本件事故の態様、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の被った精神的苦痛は、六〇万円をもって慰謝するのが相当である。

(八) 弁護士費用

原告横山睦廣が本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、報酬の支払を約したことは弁論の全趣旨により明らかであり、事案の難度、本件訴訟の経過、認容額等の諸般の事情を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係を有し、被告大野に賠償を求めうべき損害としての弁護士費用は、八〇万円が相当である。

(九) 請求権実現費用等

以上のほか、原告横山睦廣は、写真撮影費用(五二一五円)、電話・通信費(一万八六六〇円)、手数料・相談料(一万〇七〇〇円)を被告大野に賠償を求め得べき損害として主張するが、その内容は明らかでなく、本件事故と相当因果関係を有する損害と認めるに足りる証拠はない。

(一〇) 小括

以上によれば、原告横山睦廣が本件事故によって被った損害額の総計は、前記(一)ないし(八)の金額の総計から同原告の自陳により本件事故の和解金として斉藤工業から弁済を受けたものと認める六三万三三三三円を控除した残額である七八一万八九四六円となる。

10  原告横山チキの損害

(一) 休業損害

<証拠>によれば、同原告は、本件事故当時、いわゆるパートタイマーとして稼働し、時給五〇〇円の給与で一日当たり六時間の勤務をしていたが、本件事故の事後処理等のため、一六日間にわたって勤務先を欠勤したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係を有する欠勤日数は右のうち九日間とするのが相当であり、その間の賃金相当額損害金は合計二万七〇〇〇円となる。

(二) 慰謝料

本件事故の態様、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同原告の被った精神的苦痛は、六〇万円をもって慰謝するのが相当である。

(三) 小括

以上によれば、原告横山チキが本件事故により被った損害額の総計は、前記(一)及び(二)の金額の合計である六二万七〇〇〇円となる。

七  被告大野の主張に対する判断

1  本件損害の賠償性について

(一) 原告ら所有建物の条例違反の点について

千葉県建築基準法施行条例四条によれば、高さ二メートルを超える崖の下においては、当該崖の高さの二倍に相当する距離内の場所に居室を有する建築物を建築することが原則として禁じられているところ、弁論の全趣旨によれば、各原告ら所有建物が右条例の規定に違反して建築されていたことは明らかである。しかしながら、原告らが前記条例の規定に違反した建物を取得してそれに居住したことが、本件事故の発生に加功ないしこれを認容し、その危険又は被害を引き受け又は受忍する趣旨のものとは到底解されないし、しかも、本件擁壁は、原告ら所有建物が建築された後に構築されたものであり、被告大野が原告らの条例違反を理由に、直ちにその損害賠償責任を免れ得る理由はないものというべく、所論は理由がない。

(二) 原告鈴木安蔵及び同鈴木実の道路交通法違反の点について

原告鈴木安蔵及び同鈴木実において、各所有車両を駐車していた場所が駐車禁止区域であったか否かは、本件全証拠によっても詳らかでないが、仮にこれが認められるとしても、道路交通法は、道路における危険防止、交通の安全等を目的とする法規であって、該法規の違反者に対し、その損害賠償請求権の不発生を招来し、又はその行使を許さないものとは解されないから、同被告の右主張には理由がない。

(三) 原告横山所有建物の設置又は保存の瑕疵について

原告横山所有建物に、所論の設置又は保存の瑕疵が存したことを認めるに足りる証拠はないから、被告大野の右主張はその前提を欠き理由がない。

2  共同不法行為者に対する債務免除について

原告らが、昭和六二年二月一三日午後四時指定の本件訴訟の第二四回口頭弁論期日において、斉藤工業と裁判上の和解をなし、給付条項に定める以外の同会社に対する請求を放棄したことは、当裁判所に顕著な事実であり、また、前記認定にかかる本件擁壁の築造の経緯及び瑕疵の形成過程からして、被告大野が原告らに対する損害賠償義務を履行した場合には、いずれも他に特段の事情がなければ、同被告は、本件擁壁の建築を請け負った斉藤工業に対して求償権を行使できる関係にあること及び斉藤工業においても、原告らに対し本件事故の損害を賠償する責任があったことが明らかである。

ところで、被告大野と斉藤工業が原告らに負担していた損害賠償債務は、各自がその全部について賠償責任を負担すべきものであるとともに、右賠償義務者のいずれか一方が債務の全部を弁済すれば、他方の債務も消滅する関係にあり、その限りで連帯債務に類似するが、他方において、被告大野と斉藤工業の間には、いわゆる主観的関連共同関係はなく、いわゆる不真正連帯の関係に立つものと解するのが相当であって、連帯債務に認められるいわゆる絶対的効力事由をそのまま認めると、被害者である原告らに不当な不利益を負わせることになるから、原告らと斉藤工業との間に前記和解が成立し、原告らが同会社に対する請求を一部放棄したことの効力は、和解の趣旨内容から被告大野にもその効力が及ぶものと推認されるなど、特段の事情のない限り、いわゆる相対的効力を有するに止まるものというべきである。そして、前記和解のなされた経緯及び和解条項の内容から、原告らの一部請求放棄の意思を合理的に解釈すれば、原告らは、同会社に対しては債務の一部支払と引き換えに、以後は同会社に対して訴求しない旨を約したに止まり、被告大野の責任をそれとともに免除する趣旨を含むものとは解されないから、結局、前記特段の事情もないというほかなく、被告大野の主張は採用できない。

3  過失相殺

(一) 原告所有建物の設置状況等

検証の結果によれば、本件事故の現場は、本件擁壁の下方に原告ら所有建物及び冨田所有建物の計六軒が密集して建てられており、また、原告ら所有建物と本件擁壁との距離が千葉県建築基準法施行条例の定める基準に達していなかったことは前記認定のとおりであり、さらに、証人座間岩雄の証言によれば、前記建物の建材の材質が粗悪であり、建材の接合方法も簡易なものであったことを認めることができる。しかしながら、前記認定のとおり、本件擁壁は、原告ら所有建物及び冨田所有建物よりも後に築造されたものであること、前記認定にかかる本件擁壁の崩壊の規模・態様からして、各建物の位置関係自体等が、本件事故ないし損害の発生・拡大に加功ないし寄与した意味での因果関係を有するものとはいえないこと、さらに、各建物の建材の材質や工法の問題は、建物の滅失・損壊をいう本件損害額の算定・評価(建物の価格や耐用年数等の認定)の問題として必須的に考慮されるべきことであって、いずれも過失相殺の事由とはならないものと解するのが相当であり、被告大野の右主張には理由がない。

(二) 冨田利雄の死亡状況について

被告大野は、冨田利雄が死亡したのは、同人がいったんは避難しようとしたのに、着替えのためにその所有建物の二階に戻ったことが原因である旨を主張し、成立に争いのない乙第一号証の三に同旨の記述が存在するが、原告冨田勝美本人尋問の結果に照らして、右記述は直ちに措信できず、他に被告大野の主張を認めるに足りる証拠はなく、同被告の右主張はその前提を欠き採用できない。

第三  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求のうち、

一  原告高橋宏和、同加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦及び同横山睦廣の被告大野敏章に対する妨害予防請求にかかる訴え並びに原告加藤惟男、同小林省三、同山本靖彦及び同横山睦廣の同被告に対する妨害排除請求にかかる訴えは、いずれも不適法であるから却下し、

二  原告らの被告大野敏章に対する損害賠償請求は、原告高橋宏和については一〇七一万四一一九円及びこれに対する不法行為の当日である昭和五六年一〇月二二日から、同鈴木安蔵については五〇万九八五〇円及びこれに対する同日から、同鈴木実については四万五〇〇〇円及びこれに対する同日から、同冨田勝美については三三八三万四四八六円及びこれに対する弁済期の後である昭和五七年三月一七日から、同冨田千恵子及び同冨田博幸については各一七九五万一二六九円及び各金員に対する同日から、同加藤惟男については八八五万二五三七円及びこれに対する同日から、同小林省三については八八九万六三三三円及びこれに対する同日から、同山本靖彦については四〇九万七八九九円及びこれに対する同日から、同横山早苗については三〇万円及びこれに対する弁済期の後である昭和五七年四月一九日から、同横山睦廣については七八一万八九四六円及びこれに対する同日から、同横山チキについては六二万七〇〇〇円及びこれに対する同日から、各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、

三  原告鈴木実を除くその余の原告らの被告大野敏章に対するその余の損害賠償請求及び甲・乙事件原告らの被告千葉県に対する請求は、いずれも理由がないから棄却し、

四  訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 薦田茂正 裁判官 松田 清 裁判官 石井教文)

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